第八章

結局、何だったのか?



 翌週、「会社に置いてある私物もあるだろうから、取りに来い」と言われ、ボーっとした頭で、何も考えられない状態が続いていたが、仕方なく出向いた。
 総務の倉岡に付き添われ部屋に入ると、永末が「あ、ここにあるから」とダンボール箱2つをアゴでしゃくった。これにまた唖然とした。すでに机の中から取り出され、山とあったはずの書類やフロッピー、MO、CD−Rなどは1つもなく、名刺入れからは中身だけ抜き取られていた。自分でつけていた、これまでの業務記録もない。今後、私の気が変わって、「やはり法廷で決着をつける」なんてことを言い出した時に、“証拠”になるようなものは一切渡さないように、予め抜き取っておいたのだろう。逆い言えば、それだけ後ろめたいことがある、私の言い分の方が正しいと分かっていて、こうした暴挙に出ていることの現れだろう。そんなやり方がかえって私の怒りを増大させ、どういう行動に出るか分からなくなるとは思わなかったのかな。

 大倉から電話が来た。社内掲示板に“退職者”として掲示されたらしい。「唐島君は戦うことを止めたんだね」と言う。「ふざけるな!」、である。路上で高田と犬山を怒鳴りつけたと聞いたときには「頼もしい」と思ったが、その責任追及を途中で投げ、浜崎ら新執行部に「よくわかんないんだけど」と言われてしまうような引継ぎしかしてくれず、果ては「あとは自分1人ででも頑張ってね」と手を引いてしまった人に、そんなカッコいいセリフを吐かれても困る。あなたは結局、話を事実と違う“ドラマ”に仕立てて、自分に言い訳しようとしているだけだ
 あなたたちは私が休んでいた時の状態を直に見て知っていたはずだ。人前に出られる状態だったかどうか知っていたはずだ。私が彼らによって、そこまで精神的にも、身体的にも追い詰められていった経緯も、タンコン社がどういう態度だったかも知っているはずだ。休んでいた間も、ひたすら目の回復を願いながらどこにも行かず、気晴らしにも出られず、ほとんど何も出来ずにただただ自宅療養していたことも知っているはずだ。タンコン社が出してきた私の言い分についての言い訳もウソばかりだったことを知っているはずだ。下島や 永末の言っている事がウソなのも知っているはずだ。なのにあなたたちは口をつぐんでしまった。あなたや高田が途中から何の弁護も、浜崎たちへの働きかけもしてくれなくなり、携帯に電話しても恐らくはわざと出なかったり、電源を切ってしまったりしていたことが私の心が折れる1つの要因になったことが分からないわけではないだろう。その段階で、会社に対して「それは違うだろう」と言ってくれないあなた方が、裁判にまでなれば本当のことを証言してくれたとでも言うのか?あなたたちは、途中で投げ出したのだ。もし、その気があれば、以前神原さんたちが当時の組合執行部のやり方に対して意見書ビラを出して抗議したように、浜崎たち組合執行部のおかしな対応を表に出し、会社の無責任さと一緒に戦ってくれればよかったではないか。その気なら今からだって出来るはずだ。何もしないあなたに、私の批判をする資格があるのか?「いや、本当に裁判にまでなれば、あなたのために法廷で真実を証言したよ」とでも言うのか?この段階でさっさと自分たちは逃げておいて?
 まあ、何らかの圧力があったのであろうことは様子から分からなくもないが、「唐島が戦うのを辞めた」なんて物語り調に語って、自分の心に言い訳しようなんて最低だね。大体、ただでさえ目に傷害がある状態なのに、協力者もなしにどう戦えというのか?無責任にもほどがある。あなたや高田、十条を信じた私がバカだったのか?

 最後に話を聞きたいと言ってきた神林は、一応はその後、宇津木弁護士のところにも電話をして、「こんな事が許されていいのか?」「組合として問題にするべきではないのか?」くらいなことは聞いてくれたらしい。しかし、それに対して宇津木弁護士は、「まあ、組合として問題にするとか、神林さんが声をあげるのは良いけれども、プライバシーのこともあるからあまり騒がない方がいいんじゃない?」と止めたという。本人が、「これは立派に名誉毀損で、人権侵害だから、組合問題にしたい」と言っていたのを知っていながら何じゃそりゃ?「もっと本人以外の人がモノ言わなきゃダメだ」とも言っていたのに。しかし、言うことが一貫しない人である。
 で、結局神林もそれっきりだ。

 「会社の責任を追及して、労災申請したりしなかったらどうなっただろうねぇ」。宇津木弁護士はそんなことまで言った。どれだけ体を壊していても、文句言わなきゃとりあえず追い出されまではしなかったかも、ということか?犬山たちの無責任を無責任と責めなければ良かったかも、ということなのだろうか?つまりこの弁護士には、いかに私の方が正しかろうが、いかにタンコン社が悪辣だろうが知ったことではない。面倒なく、自分の利益が上がればいいらしいということなのか?

 こうして、タンコン社の長年に渡る私への“人権侵害問題”“法的義務違反“は、複数の管理職の犯罪的な共謀により、私という社員ごと抹殺することで闇に葬られたのだ。



 私には、未だに自分に何が起こったのか、理解が出来ない

 会社に入った時には、おじさんたちが敬遠するOA機器の得意な若手ということで、さんざん便利に使われ、自分の給料の倍ももらっている人たちが喫茶店でお茶を飲んでいる間も動き回り続け、それでも「真面目にやっていれば、分かってくれる人は分かってくれているだろう」などと思っていた。しかし、つまらない人のつまらない“逆”恨みをかったら、十年以上にも渡って社内外で謂れのない誹謗中傷、嫌がらせを受け続け、やがて心身を病むようになった。総務部長に相談したら、「これはイジメである」などと言い放ったにも関わらず、自分の職務を果たさずそのまま放置。一方、「自分には向かない」と言っていた業務にだまし討ちにしてまで就かされ、まるで閉じ込められるように、その後配置転換も、職場環境問題の対処もしてはもらえなかった。陰湿な誹謗、中傷に悩み、唯一の拠り所であった仕事上での自尊心さえ奪われ、そうした諸々の職場環境のストレスで体に変調をきたし、面談の機会のたびにSOSを出し続けているのに更に放置
うつ状態、自律神経失調状態という症状が続き、
いよいよ耐えられなくなって、具体的な症状を挙げて、会社の定めている制度を利用して長期病休を取ったら(それも本当は「あなた方の無責任のせいで異常なストレスがたまりこうなった」と言いたいところを、それではどうせ認めたがらないだろうからと少しでも分かりやすい症状を挙げて、いわば「手加減して」申告してあげたのに)、本人に非のないことで難癖をつけられ、何年もに渡って悩んできた病状を一方的に仮病扱いされて、挙げ句に脅迫によって退職を強要された。精神的に追い詰め、体調を崩させて更に追い詰め、追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めていよいよ働けなくしてから追い出すという、あまりにも無責任かつ非人道的な行為標的にされた。もっと簡単に言えば「使い捨てられた」ということか?

 しかし、そんな風に顛末を整理してみても、「何故そこまでされなければならなかったか」は、未だに理解できない。恐らく、永久に出来ないだろう。結局、「あくまで責任を取りたくない会社、管理職たちが手段を選ばず、自分たちに都合の悪い事実ごと抹殺を目論んだ」ということにつきるのだろう。しかしそれを“理解”できるかと言えば、
理屈としても心理としても答えは“”だそこまで一言「スマン」と言うのが嫌な人たちとはね

 「経営が極端な居直りに出たのは、タンコン社が経営不振だから」という人もいる。つまり、「難癖だろうが何だろうが、少しでも人件費を減らしたい。要は何でもありの無理矢理なリストラだ」というのだ。
 そうかも知れない。営業内で十分な利益を上げられないタンコン社は、本業は不振だが、先人の築いた“不動産”という財産で収入を得ることで補填していた。ところが、その財産をかさんだ借金返済のために手放してしまった。目先、借金が減るということはいい事のようだが、本業で利益が上げられないまま、補填する後ろ盾を手放してしまったのだ。そうなれば当然、あとは“ジリ貧”。小学生でもわかる話だ。
 しかし、だからといって何をやっても許されると言うものではない。「無理矢理難癖をつけて人員整理」などという暴力行為を正当化することなど出来ない。大体、そんな経営状態にしてしまった責任者たちは、自らの立場を固守してのうのうとしているのだ。退職金をもらって、大した仕事も無い子会社に居座ってまた退職金もらっての繰り返しである。そんな奴らの犠牲にされて、何を納得できるだろうか?

 そう言えば、ある仕事で業務委託していた会社の営業担当者にこんな言われ方をしたこともあった。「いやぁ、タンコン社さんのバランスシート見せていただいたんですけど、良くないですねぇ。今後、仕事の半分くらいは前金にしていただけませんか?」
 笑いながらするには些か失礼に過ぎると話と思ったが、相手にしてみれば半分は本気だったのかも知れないな。

 それに、私が休んでいた間に、社長も変わっていた。聞いたことのない名前だと思ったら、銀行から送り込まれてきた人だという。「あらあら、そこまで…」と知ったのが遅かったのかも知れない。もちろん、知ったところでどうしようもないほど、実際に辛い症状に悩んでいたのだから仕方がないし、社長がどうあれ、休暇は申請していたと思うけれども。
 それにしても、この社長とは結局1度も顔を合わせないうちに会社を追われてしまったな。いったいこの社長は、犬山たちを信用しているのだろうか?長年、職場での人権侵害に耐えに耐えてきて、いよいよ耐えかねて長期に休まざるを得なくなった人間を、しかも自分たち自身が何度もその相談を受けて、事情を知っていながら何も手を差し伸べずにいて、挙げ句にはその自分たちの責任を回避するために「ズル休み」扱いして退職に追い込んでしまうような人間たちを、信用できるのだろうか?(思いついた難癖が「ズル休み」呼ばわりと言うところがまた、奴らの程度の低さを表しているよなぁ)酒の席のこととはいえ、暴行傷害事件を起こしておきながら、その被害者をウソで加害者に仕立て上げるような人間や、そういう話にしておいた方が自分たちにも都合が良いからと、一緒になって被害者の名誉を毀損するような人間たちを信用しているのだろうか?タンコン社が傾いたままなのは、こういう無責任で子供のようなうそをつく人間たちが管理職だからだとは気がつかないのだろうか?
 それとも、正論を吐く社員だろうが何だろうが無理にでも追い出せば、人件費が減って、数字上、業績が上がったようにでも見え、「やあ、自分が指揮をとった成果だ」とでも脳天気な報告を銀行にできるから、それでオッケーなのかな?それなら私1人を標的にするよりも、明らかなウソを並べて従業員の人格を歪め、会社から排除しようとするような管理職が十数人もいるのだから、それを「懲戒処分だ」と言って排除した方が、よほど退職金も浮いて、会社の経営改善に寄与すると思うけどね。今回の邪な作戦に関わった犬山、白河、倉岡、足立、そして下島、佐々木たちは社歴が長いからかなりな“節約”だ。ゴマカシの調査報告書に協力した現管理職たちまで入れればざっと10数人。億単位で資金が浮くじゃないか。

 だいたい、私の労働環境をきちんと考えてくれた方が、上っ面だけのグループの連中を取り立ててやっているより、よほど会社の業績が伸びる可能性があったのにね。
 彼らの横ヤリのせいか、私は中々自分のアイデアを実現させる機会に恵まれなかった。少なくとも、それなりのプランを提出していたはずなのだが、何だかんだとボツにされた。一部の人たちが余禄を得るための仕事に回す予算の方が、収益性の高いプランの実現より優先されるようでは業績アップどころか、回復さえもおぼつかないのは当たり前だ。

 その上、、今回の私への追い出し作戦のおまけの発言で、永末などは、「唐島のプランは収益が上がるとは思えないものだった」などと言ったらしい。どうやら、この人、このグループの人たちは、出版社に勤めていながら、書店というものを覗いてみたことがないらしい。私が何年も前から提案していたものが、他の出版社から形にされて、いくつも店頭に並んでいる。半年以上もベストセラーにランクインしているものもある。彼らは、自分の個人的な好き嫌いで、あるいは自分たちの面子を守るためだけに、これらの利益がタンコン社に入るのを妨げたのである。もはや背任行為だ。私が株主なら、代表訴訟を起こしてやりたいくらいである。それで自分たちではことごとく事業失敗を重ねているのだから、救いようがない。つまり、自分たちの能力のなさが明らかになるのが嫌で、売れそうな企画を提案する人間が邪魔だったのだろう、とまで言ったら言い過ぎか?
 私の提案から何ヶ月、あるいは何年も遅れて他社から発売され、今でも平積みで売られている数々の本を見つけるにつけ、何ともやりきれない気持ちになる。それこそ、ビル1軒建ててあげられたのに、とまで言ったら大風呂敷過ぎかな。

 いずれにしても、私はタンコン社の嘘つきな人々と無責任な管理職たちによって心身の健康を害され、人生を台無しにされ、生活まで破壊されたのである。どうしたって納得などできるはずがない。しかし、納得できないことさえ他言してはいけないという。しないでいればまた、奴らが適当な噂話で一方的に私を悪者にし放題なだけではないのか?


 割り切りようもないことを考えながら、1人でとぼとぼと街を歩いていたら、しばらく前に辞めた先輩女子社員の小山祥子と早瀬恵にバッタリ会った。会社を辞めた人に街で偶然会うなんて初めてだった。何かの巡り合わせだったのかな。
 「何でこんな時間にこんなとこにいるの?」と聞かれ、事情を話した。「酷いね、それは。せっかくの労使協定があっても何の意味もないね」と早瀬。すると小山がこう言った。「でも私の時も、酷かったんだよ。やっぱり1人に業務が集中しちゃって、毎日残業ばかりになっちゃって。一応、私はその時間の記録があったから倒れた時に労災認定はされたのよ。でも、しばらく療養して、職場復帰する段になったら、『復帰後はこれまでの職場の同じ業務に戻すけど、また倒れても今度は労災申請はしない。一切文句は言わないと誓約書を書け。でないと復帰させない』って言われて、一筆書かされたんだもの。で、家族に『取り返しのつかないことになる前に辞めちゃえ』って言われて、結局辞めることにしたの。だから私は、会社があなたにも“あの手この手”だったんだろうなということは想像できるわ」。
 いや、酷いな。最近いよいよ経営困難だからとかじゃなくて、何年も前からそんな会社だったんだ。知らなかった。もう少し、社員を大事にする会社だと思っていた。そうと知っていれば…。でも、あんなに毎晩寝付けないほど目が痛かったら、どう考えても休まずにはいられなかったけどなぁ…。どこの眼科に聞いても、「最終的には休むしかない」みたいに言われてたし。いよいよもって、失明でもするまで我慢すればよかったのか?しかし、ああいう無責任経営陣が仕切っているとなれば、あのまま痛みを我慢し続け、無理し続けて万が一失明なんてことになっても、結局、何とかして「会社には落ち度はございません」てことにして、補償や労災認定なんかするまいとするだけだっただろう。こういう無責任経営者を何とかする法律は何もないのだろうか?
 いや、そう言えば中堅どころの、私と同じ年齢層の人間、特に新卒としてタンコン社に入った人間たちが、ここしばらくで随分いなくなったとは思っていた。みんな気がついて辞めたのか?それとも、やはり何か脅されたのか?

 いや、中堅どころだけではないな。役員だった泉田宗一の話も相当に酷い。
 泉田は、私がタンコン社に入社した時に、同じ営業部門の管理職だった人だ。どちらかと言うと、「交際費くらい使わないで営業が出来るか!」タイプで、ちょっとクセのある人ではあったが、ある意味そういう思い切りの良い性格の人でもあったため、大手どころの取引先からも好かれ、「泉田さんに何とかしてくれと言われたらしないわけには行かない」と外部の人から言ってもらえる、タンコン社としては数少ない“実力”のある人だった。
 ところが、なまじ“実力”があったことを“グループ”からはやはり疎まれてしまったためか、長年所属した営業部門から遠ざけられ、あろうことかもう定年間際の年齢になってから、15年分もの交際費を遡って調べられ、今更になって「金額が大きすぎる」と難癖をつけられ、「別にやましい使い方などしていない」と主張したが結局、自主退職させられてしまった。しかも、気の毒なことにそのわずか数年後の先日、突然亡くなったそうだ。
 泉田氏の使った交際費の金額が少なかったとも思わないが、15年分も遡るなら他によほどおかしな人は何人もいるはずである。彼だけが標的にされたのは、明らかに不自然だ。ましてや、その交際費で自分たちもご相伴に預かっていたはずの人間たち、現経営陣からあらぬ指摘を受け、経営の苦しい時に散々貢献した会社から追い出され、普通の人なら普通に定年を迎えて「やれやれ」という年齢に、失意のうちに早死にしてしまったのだからさぞかし無念であったろう
 そう言えば、泉田さんはあの名簿データ販売についても、「そんなインチキみたいなやり方をしなければ利益が出せないような事業なら、いっそ辞めてしまえ!」と役員会で一喝したと聞く。「ウチは儲かってないんだからインチキもやむなし」という人たちに疎まれたというのも、難癖つけられて更迭された原因の一つか?
 こんな内情だということが分かったら、果たしてタンコン社という会社は取引先から相手にしてもらえるのだろうか?当時、付き合いのあった相手先の人たちが義理人情を重んじる人たちだったら、「タンコン社とはもう付き合わん!」なんて言い出してもおかしくない。別に唯一絶対の商品を出している会社じゃないんだからね。
 社内の人間を陥れるために、管理職、取締役まで一緒になって虚偽、捏造を行うような会社は、そのうち外部の人に対してだって迷惑をかけかねない。いつそうした指摘を受けるか分からない。良心、良識と言う感覚が欠如しているわけだから。


 いずれにしても、私は犬山たちを許すことなど一生出来ない
 
 どう考えたって、でっち上げで汚名を着せられた方が1人で落ちていき、保身のために虚偽、捏造で従業員を陥れるような管理職どもがのうのうと生きていけるような世の中で良いはずが無い。
 死ぬ前に、いよいよ精神に異常をきたしてしまう前に、できることはしておきたい。この先、いつまで自分を保てるか、すでに私には自信がない。
 私が自ら命を絶ったり、心神耗弱状態で誰かに迷惑をかけるようなことがあったら、それは犬山たちタンコン社の
無責任で、卑怯な経営者たちのせい



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