第七章

誰も信じられない



 また宇津木弁護士と話した。「してもいない不正をしたと認めて辞めろなんて言われてもどうしても納得できない」と言うと、「なら戦うしかない」と言われた。正直、裁判なんて嫌だ。もう少しマシな話ならともかく、何が悲しくてこんな“難癖”で裁判なんかで戦わなくてはならないのだろうと思った。しかし、不正、暴力を行っているのは会社の方である。こちらが折れなければならない理由はない。「ではやりましょう」と答えた。

 だが、そう答えさせておきながら、その後の宇津木弁護士の話は私にとってあまりにも頼りないものだった。「まあ、裁判すれば、唐島さんにより有利な判決が出るかもしれないけど、それまでにかかる時間と費用に見合うものかどうかは分からない」「何年かかるか、何百万円かかるか分からない」「その間、再就職もアルバイトもするわけにはいかないから無職、無収入」「それなら貰えるだけのものは貰って、引いてしまうのも一案」、挙げ句には「だいたい、裁判所なんて労働者に不利な判決をしがちなものだ。裁判官なんて自分たちはエリートだと思ってるから、普通の労働者の気持ちなんか分からないんだよ」などと言う。「労働問題を専門に頑張っている先生」という話だったはずだが、全くやる気が感じられない。会社の理不尽な行動に対して、労働者のために仕事をしてあげようという感じではなかった。労働組合から、顧問料をもらって相談は受けているが、実戦ともなればまた話は別、という雰囲気。最低限の着手金だけもらってどんどん次の相談者の方へ行った方がワリがいい、とでも言いたげな様子でさえある。
 「住谷さんは『やる』って言ってるんだよね」。住谷さんというのは、どうやら先輩社員の住谷誠のことらしい。彼も何か難癖をつけられているのか?何かケチをつけられなければならないような仕事振りの人ではなかったはずだが?タンコン社って、いつからそんな形振り構わずな暴力的な会社になってしまったんだ?…それに、そんなこれから裁判になるかもしれない話を、他人の私に話してしまっていいんですか、先生?
 いい加減、この辺で宇津木弁護士に見切りをつけ、別な“頼り”を探すべきだったのかも知れないが、何しろ会社はその時間的猶予を与えない戦法に出てきていたのである。もうこのまま信頼するしかなかった。
 だが、この時もう1つ気になったのは、この話の後、宇津木弁護士が浜崎に電話をしたことだ。「唐島さんは戦うということだ」と宇津木弁護士が言うと、電話の向こうの浜崎が何やらブツブツ言っているらしい。「そんなこと私に言われても困るよ。だったら本人だけじゃなくて、一緒に来れば良いんだよ。別々になんか来るからそういうことになるんだよ」。宇津木弁護士は確かにそう言った。もしかしたら、私の知らないところで浜崎と弁護士の間ではすでに、「唐島が折れるように話を持っていきましょう」ということにでもなっていたのだろうか?

 それにしても、あさましい会社になってしまったものだ。

 結局、今度は夜になって行われた懲戒委員会で(朝に夜にと向こうの都合で呼び出されるだけで心身ともにものすごい負担である。事実上の軟禁状態。こうして私を拘束すること、ただでさえやる気のない組合執行部に面倒がらせることがまた会社、犬山たちの作戦なのだろう)、また同じように、「認められないものは認められない。なら裁判だと言うなら受けて立つ」と言うと、これまで委員会中に一言も発しなかった浜崎が、急に割って入り、「ちょっと本人と話をさせろ」と言ってその場から別室へ連れ出した。「裁判なんかになったら本当に大変だぞ。折れちゃった方がいいって」。またそれかよ。「そもそも、裁判なんかになる前に、あなたが委員長として、『こんな一方的で暴力的な話は組合として看過できない』と言うべきところなんじゃないの?あなたは組合の委員長のクセに、むしろ会社の暴力の肩を持って全く止めに入らず、俺の方に一方的に折れろと言うのか?おかしいじゃないか」。浜崎は口を尖らせて(何であんたが口を尖らせるんだ?)、「じゃあさ、もう1度だけ時間もらってさ、宇津木さんにもう1度相談してきなよ。それくらいだったら俺から会社に話するからさ」。妙な話だ。組合の委員長が無理にでも丸め込もう、丸め込もうとしてるとしか思えなかった。

 会社との話の最後に、もう1度犬山らに質してみた。
 「あなたは何年も前に私と面談した時、私が『もうこんな状態では業務遂行など出来ない。何とか改善して欲しい』と言った時、『少なくとも何も改善できないと言うことはない』と言った。しかし、結局何も改善されなかったそれで私は精神的に追い詰められていき、それがここまで体調不良になった大きな原因だと考えている。そのことについて、何も責任を感じないのか?」と言うと、犬山は小さな声で、「だってしょうがないじゃないか」と言った。何がしょうがないんだ?
 「私の眼科的症状の発端は、『営業部時代の業務配分上の問題から始まった』と言う主張について一方的に否定されているが、私の業務負担は多くなかったということなのか?」と問うと、白河は「営業部時代には確かにありました」と言う。営業部時代にはあったけど、壊れてしまってからの“名簿作り”では大して役に立たなかったから時効だ、とでも言いたいのだろうか?
 こちらがここまで心身の健康を損なった“発端”“原因”“過程”として主張している話は認めるが、その“結果”については認めない、ということらしい。無茶苦茶である。
 要するに、彼らは私の説明を求めているのではなく、何とかアラ探しが出来ないかと画策し、「こうしてイビっている間に、嫌になって辞めてくれないか」と思っているだけなのだ。何とかして自分たちの責任を回避し、事実を隠蔽することだけが目的なのだ。何て嫌らしい奴らだろう。こんな人物たちが何でタンコン社のトップなんだ?

 彼らの考えていることは、長年私に我慢に我慢を強いてきて、そのせいで体調を崩させたにも関わらず、その責任を“労災”などといって認めるのは嫌だから、何とか難癖をつけて、「本人を苦情ごと排除したい」ということなのだ。事情を聞いている振りをしているだけで、最初から理由はどうあれ、納得する気などないのである。ましてや、自分たちの反省すべきところなど反省する気はないのである。その反省する気のない人たちが、自分たちの立場を利用して、その立場を守るために嫌がらせに継ぐ嫌がらせをしている。何年も前から精神的に限界だと訴えている人間を、鬱状態の人間を多勢に無勢状態でつるし上げている。これでは話になるわけがない


 翌日、宇津木弁護士の事務所をまた訪れた。今度は浜崎と組合書記長の井川が一緒だ。
 私は連日の拷問に近い懲戒委員会で朦朧とした頭で、「結局、裁判しかないんだろうな」と思っていた。もしかしたら、裁判になれば裁判官の“仕切り”の下で、ある程度のインターバルを取りながら話をできるようになり、その分話を整理して自分の正当性を訴えられるかも知れないと思った。しかし、宇津木弁護士を前に、私の両脇を固めるように座った浜崎と井川は、「とにかく辞めた方が得だ。時間とお金の節約だ」と足を引っ張った。労働組合の執行部が、何故こうまで非協力的なのか?
 結局、彼らの心配したのは本当に裁判になってしまった時に、会社のイメージが悪くなり、ただでさえ業績の良くない会社が、いよいよ商売しづらくなる事だったんじゃないのか?だったら会社に対して、「無理矢理なことをするな」と言うのが組合の役目だろうに、はき違えていたんじゃないのか?あるいは単に、組合執行部として面倒なことがいやだったのか?それとも、「中堅どころの社員が1人でも減れば、人件費が浮いて会社の負担が減り、残った自分たちにはありがたい」とでも思っていたのだろうか?
 そうこう話している内に、宇津木弁護士まで面倒になってきたらしく、あまり態度が良くなかった。「顧問料だけで何度も相談に来られても」、なんてとこだったんだろうか?
 この日の話の内容は、「唐島さんの気持ちは分かるが、この手の裁判は結局、いくらか退職金に“イロ”が付くくらいで、元通り会社に復帰できることは稀だ。それを考えると、裁判に費用と時間をかける価値があるかは微妙だ。退職金も出さないと言われれば戦うしかないが、裁判しても取れるものが同じなら、出て行くお金を節約するというのも選択肢の1つだ。何年かかるか、いくらかかるか分からない裁判をする価値があるかどうか」というものだった。
 驚いた。それじゃこんな理不尽な話でも、会社に難癖つけられたら最後、この日本ではつけられ損で、泣き寝入りするしかないということなのか?いやはや、それはそれは、私が世間知らずでございました…、ってそういう問題なのか?それが法治国家、日本の実情なのか?会社はどんな無理難題でも言い放題、やり放題なのか?例えどんなに無能で、わがままな経営者の暴力でも、標的にされたら従業員が涙を飲まなければならないのか?日本の“法の正義”って何だ

 結局、頭がボーっとしたまま、宇津木弁護士に代理人に立ってもらい、「“虚偽申告”などという言いがかりは断じて認めない」「認めないが、退職はする」「退職金は減額無しできちんと払わせる」「ここ数日の会社の呼び出しによって発生した交通費も支払わせる」という、何がこちらに有利なのか分からない内容で、会社側と話をしてもらうことにされてしまった。(「認めないが、退職はする」って何じゃそりゃ?)しかも、そんな内容でも弁護士費用はしっかり取られるらしい。「普通は着手金だけでも50万とか、もっと取られるんだよ。タンコン社の組合とは付き合いがあるから大分安くしてあげてるんだ」などと言われた。結局、弱者がバカを見る世の中なのか?そういうことを防ぐための労働組合じゃないのか?それなのに、横でただ面倒くさそうにしているこの委員長は何なんだ?

 組合の前執行部だった、高田や大倉の携帯に電話をしてみた。「あなたたちに相談していた時と全く話をすり替えられてしまって、しかも現委員長が全く組合員の身分を守ることに非協力的なのだけれども、君たちから現委員長にはいったいどういう風に引き継いでくれたのか?こちらが『1月から復帰したい』と言っているのを会社が無視し続けて、話し合いさえしようとしないからと組合を通して物申してもらったのに、こちらがズル休みした話に作り替えられてしまっているのはどういうことだ?」と言ったが、明確な答えは返ってこなかった。それどころか、何度か電話をするうち、かけて何度かコールすると「電波の届かないところにおられるか…」などというアナウンスに切り替わってしまうようになった。時間を置いてかけても同じだった。私の知らないところで、何かが起こっているのか?会社が、「巻き添えになりたくなかったら…」とでも、彼らを脅したのか?
 いずれにしても、私はタンコン社の人たち全てに裏切られてしまったようだ。最後に電話がつながった時、大倉が言った。「結局、みんな自分が一番可愛いんだから、あとは唐島君が1人で戦うしかないのよ」。高田、大倉は私にとって、数少ないタンコン社内で信頼できる人間と思っていたのだが、こんな風に裏切られるとはなぁ。


 翌々日、休日だったが宇津木弁護士の事務所に呼ばれた。会社と交渉する方針を書面にしたので、確認しろと言う。
 「方針」も何も、私の主張は一貫して「懲戒などされる覚えはない」であり、むしろ罰されるべきは「従業員に対して事実無根の難癖をつけ、自分たちの落ち度を隠蔽し、従業員個人ごと抹殺しようとしている会社である」なのだが、宇津木弁護士はその辺はあまり問題にしておらず、諭すように「唐島さんの気持ちは分かるが(ほんまかいな?)、1人で戦うのは本当に辛いよ。せっかく労働組合があっても、あの委員長では無理だ。会社がこんな乱暴なやり方をしてきているのに組合として抗議もせず、やりたい放題にさせておくなんて(そう思うのなら本人にそう言ってくれればいいんじゃないか?)。でも、前の執行部の高田さんや大倉さんも、代替わりになったら出てきてくれないんでしょ?1人で戦うなんて無理だよ」。それはそうかも知れない。
 もう何がなんだか分からなくなってきた。ただでさえ鬱状態のところを、「お前が引け」の大合唱なのである。

 そして、週明け。宇津木弁護士から、「会社側の弁護士と、辞めてやるから退職金は全額支払えと言うことで話をしてきた。後はサインするだけだ」と言われた。もうこの頃になると、私には冷静な判断など全く出来なくなってきていた。

 すると突然、先輩社員の神林吾朗から電話が来た。「なんかおまえ、いじめられてるんだって?ちょっと話、聞かせろよ」。
 「聞かせろって言っても、もう明日にでも退職届にサインしろとか言われてるんですけど…」というと、「その前に1度会おう」という。結局、会うことになった。

 午前中に指定の場所に行くと、「今、岡村さんも来るからさ」と神林。間もなく、やはり先輩社員の岡村純二が来た。
 事情を説明すると、神林は「いや、この話、岡村さんや大倉から聞いて、おかしな話だなと思ってさ。川上(やはり私の先輩社員)にも話したんだけど、『何でそんなことで解雇されなきゃいけないの?』って不思議がっててさ。今、お前の話聞いてても、まだ『何で』としか思えないんだよね」。そりゃそうだ。本人だって全く理解できないのだから。十年も痛めつけられながら我慢に我慢を重ねて、いよいよ耐えられなくなった心の“歪み”が“耐え難い目の痛み”と言う形で体に出た。だから病休を申請し、あわせて「休んでいる間に環境改善の検討を」と要望した。そこまでになっても何の回答、改善策も示されず、会社がいい加減な態度だったから、組合からもひとこと言ってもらった。そうしたら会社は正に逆ギレ。何とか話を摩り替えて私を悪者にしようと、管理職数名とともに事実無根の言いがかりを付けてきて、退職を迫った。組合の新委員長は、この理不尽な“リンチ”、集団的暴力行為について見て見ぬ振りをし、様子からして恐らく、弁護士にまですんなり辞めるように誘導を頼んだ。前執行部は、一時は取締役を路上で怒鳴りつけるほど威勢が良かったが、圧力でもかかったのか、任期切れになったらすっかり引っ込んでしまった。私から見ればそれだけだ。ただ理不尽なだけで、合理的な理由なんかない。正義も無い。私にやましいことなど1つもないのだ

「そんなんで辞めることなんかないよ。何でこんな不当な攻撃を受けているって、ちゃんと組合問題としてオープンにしなかったんだよ?」
「何度もそうしてくれと浜崎さんに言ったけど、浜崎さんがさせなかったんですよ」
「そりゃ問題だな」。
問題だと思うなら、委員長に神林さんからも言ってくれればいい。あるいは組合大会を開く動議を出して、「こんな暴力はおかしい」と声高に言ってくれればいいんである

「裁判でも何でもして戦えよ。これでお前が辞めたら、会社としてはシメシメなだけだぞ
「そう簡単に言うけど、『それにはとんでもないお金も何年もの時間もかかる』なんてあっちからもこっちらかも言われたら、どうしようと思うじゃないですか」
「何年かかったっていいじゃないか。どの道、今お前の年齢で辞めさせられたって、再就職口なんてないぞ」。
そりゃそうかも。しかし、そうかと言って裁判にかかっている間、誰が私を、私の家族を食わせてくれるの?誰かが今通っている医者の治療費を払ってくれるの?

 道があるとすれば、組合がもっときちんと間に入ってこの会社による暴力を制止してくれることだけだと思うのだが、何しろ委員長がグズグズ、結局知らん振りで、やるべき事をやってくれないのだから困ったものである。それを言うと神林は、「めんどくさいんだろ」と言う。「面倒だから」で人の一生を踏みにじられたのでは堪らない。あるいはやはり、面倒なだけでなく、「1人でも食い扶持が減れば、自分の給料が増えるかも」とか「倒れそうな会社の負担が減って、少しは生き延びられるかも」とでも思っているのかも。「自分さえ良ければ」の典型だ。もっとも、一番罪深いのは会社、とりわけ犬山ら現経営陣だけどね。こんな風に、社員がお互いに足を引っ張り合うような社内の雰囲気にしてしまったのは、重大な“経営責任”だよな。

 「何しろ、会社のやり方は法的にも労使協約的にも相当に問題がある。ウチの労使関係から言ったって、こんな解雇の仕方なんかありえないだろ。こんな曖昧な根拠でインネンつけて、“脅迫”で退職を迫るなんて。よく考えろよ。もしお前が戦うなら、俺は味方するぞ」。ありがたいお言葉である。しかし、具体的にどうしてくれるの?“労使関係”ってのは、組合にそれなりの発言力があるって意味だろうが、その組合の委員長があんな態度なんだよ?委員長がしっかりした人なら、最初からこんな展開はなかっただろう。実際、前執行部の時には会社はここまで酷いことをしてこなかった。“うるさ型”の執行部から交代になるのを待っていたのだ。今の委員長は、目が異常に痛むようになって、医者にも「まだ完治はしていない」と言われている組合員が、懸命に事情を分かってもらおうと書いた文書を、あろうことか「持っていたくないから」と、ろくに読みもしないで返してくる委員長だよ。あるいは新委員長は経営の“ご指名”だったりするのかも。「まあ、次はお前も管理職にしてやるから」とでも言われてさ。その委員長とあの会社経営陣の間で、いくら話したってどうにもならないよ。「俺は味方だ」と言うなら、あなたからも現執行部にもっと言ってくれればいいんじゃないの?
 「そりゃだって、まだ問題がオープンになってないんだから、俺だって知らないことになってるわけだし、表立っては何も出来ないだろう?」いや、それはそういう問題じゃないんじゃないの?現にこうして知ったんだからおかしいことは「おかしい」って言ってくれればいいんじゃないか?結局、あなたも興味本位で話聞いてみたかっただけなのか?それじゃただの野次馬じゃん。
 本当にもう、わけが分からなくなってきた。

 それにしても、一般常識として、本当にこんな事実無根の難癖、言いがかりで退職なんかさせられなければならないものなのか?こんな会社の暴力を、一応は労働組合なんてものがありながら、さらりと無視されてしまうものなのだろうか?

 宇津木弁護士の事務所に行く前、最後にもう1度だけと思い、組合員長の浜崎に電話をしてこう言った。「自分としてはどうしても納得がいかない。何もやましいことなどないのに、こんな難癖で、脅迫まがいに退職を迫られなければならない覚えはない。きちんと問題をオープンにして、組合員全員に訴えたい。集まれる人だけでも良いから、緊急に組合大会を開いてもらえないか?」。浜崎は信じられないことを言った。「俺、今日忙しいんだよね」。コイツ、本当のクズか?結局浜崎は面倒そうに電話を切ってしまった。なんてヤツだ。
 その上、私の件の裏で浜崎は、「今後、この傷病休暇制度を利用するに当っては、職場の上司との人間関係によるメンタルへルスの問題の場合などもあるので、カルテの会社側への開示などはしなくても良いことにしろ」と会社に要求したという。おいおい、私は人柱か?実験台か?そういうのは普通、私をきちんと救済してから会社と改めてルール作りをするべきものじゃないのか?結局、浜崎は自分の好き嫌いとか、下島との付き合いで、私という人間の人生をタンコン社が踏みにじるのに一役買ったのだ。


 言いようのない怒り、哀しみ…。重い足を引きずるように、宇津木弁護士の事務所に行った。この辺からは、もうほぼ完全に思考停止状態。“心神耗弱状態”とはこういう事を言うのだろうか。意識はあっても、何も判断できなくなっていた。
 宇津木弁護士にまた、「裁判すれば、『やるだけはやった』という気にはなると思うし、もしかしたらもっといい条件が引き出せるかもしれないけれども、元通り職場に復帰できるかは分からない。そのために時間とお金をかけて戦うより、もらえる分だけもらって、次の職でも考えた方がいいんじゃないか」「前の執行部の高田さんや大倉さんは任期切れになったらもう全然出て来てくれないの?あなたにはかわいそうだが、せっかく組合があってもあの委員長じゃ無理。一緒には戦えない。「旧国鉄の人とかで、十何年も裁判して戦っている人たちもいるけど、一緒に戦ってくれる仲間がいるからやってられるんだよ。1人じゃ辛すぎるよ」などと諭された。「一応、退職金はちゃんと出すって話にしたし、これでOKなら、私の方の弁護士費用もちょっとまけとくから」。そりゃ、辞めるなら貰って当然の額の退職金を貰うことにしただけで、恐らくは会社としては「これで今後の人件費が浮くならバンバンザイ」な話にしただけで何十万なのだから、多少まけとくくらい何でもないだろう。むしろ、「いや、あくまで戦う」なんて言われるより、弁護士としては割がいいんだろうな。
 「まあ、これで最後だから良く考えて」と宇津木弁護士は言ったが、すでに意識は半分飛んでいて、「よく」なんか考えられる状態ではなかった。私は、「やましいことなど何もない。こんな難癖で退職を迫られなければならない覚えはない」と一貫して主張していたつもりだが、周り中から“長いものには巻かれてしまえ”式の言い方で責められているようだった。もしかしたら、もっと他の意見を言ってくれる人もいたのだろうが、そういう人に相談をする時間を与えない作戦に、タンコン社は出ていたわけだ。何しろ、“退職勧告”なんてものを受けて10日間、実質7営業日しか猶予がなく、それまでに決めなければ謂れのないことで訴える。何十万、何百万ものお金と、何年もの時間を棒に振るぞなどとバカな言い草で、連日不規則な時間帯に呼び出されて責め立てられたのである。しかも、頼りになるはずの組合から弁護士までが及び腰では、いったいどうすれば良かったのだろう?

 もう、その後はズルズルだった。会社の顧問弁護士の事務所に連れて行かれ、退職届にサインをさせられた。それだけではない。「こうした経緯について他言しない」「会社に不利な証言をしない」「今後何の請求も行わない」などの他、「この件について、今後誰にも(公的機関にも?)相談しない」「タンコン社の人間に話をしない」などと書かれた誓約書にもサインをさせられた。自分たちがやっているこの悪質な暴力行為を棚に上げてよく言うものだ。要するに、“冷静に考えれば”これは他言されるとタンコン社にとっては困る内容だということだな。犬山たちは、自分たちがやっていることは、世間一般から見れば十分に暴力であると分かっている。分かっていてやっているのだ。自分たちが暴力を働きながら、その被害者に「他言したらもっと嫌がらせをしてやるぞ」と脅すとは、今時ヤクザ屋さんでもここまであからさまに悪質ではないだろう。法治国家日本で、本当にこんな暴力がまかり通っていいのか?(他言しないと言ったって、組合員なら誰でも入れるタンコン社の組合室には、浜崎によって私の反論がネグレクトされた記録書類が今でもあるんじゃないのか?そしてタンコン社内ではこれからも一方的に私を悪者にし続けるのではないのか?それも立派に人権侵害だよね?)
 意識朦朧とする中、印象に残っているのは、同行した宇津木弁護士の、「いやぁ、それにしても立派な事務所だなぁ。ウチとは大違いだ。儲かってるんだろうなぁ」という言葉だ。相手の弁護士事務所が大きいから、あなたも面倒だと思ったの?その言葉には、自分の依頼者の権利を何としてでも最大限守ろうという気概は微塵も感じられなかった。「長いものにはまかれてしまえ」ってことか?
 そしてもう1つ記憶に残っているのは、「もし、ここでサインをしなかったら、問答無用で解雇した上、裁判にする」と恫喝しながら私にサインをさせたタンコン社側弁護士の最後の言葉。「これで円満退社ですね」である。法を生業としながら、その専門知識を以って人を貶めることを目論んだ人間。こんな人間が世の中にはいるのだ。

 もう、本当に何がなんだか分からなかった。



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