第六章

人は無責任を極めると“鬼”になる



 経営側が出してきた、ウソで固めた“調査結果”を持って、新執行部の委員長となった浜崎秀雄、井川泰次と会社近くの喫茶店で会った。私としては、別に浜崎と特に何のわだかまりもないものと思っていたのだが、彼の私に対する態度はあまり良い雰囲気ではなかった。

 「俺よく分かんないんだけどさぁ、要するに労災で認めてくれって事なの?」。「よく分かんない」では困る。いったい十条前委員長や高田、大倉たちは、どう引継ぎをしてくれたのだろう?十条は、会社から出てきた文書を見て、「これはいくら何でも酷い。こんな一方的で侮辱的な文書を平気で出してくるなんて」と言ってくれていたが、どうも浜崎新委員長にはそのようには伝わっていないようだった。
 そもそも、かりそめにも組合委員長になった立場で、「俺よく分かんないんだけど」とはどういう言い草だ?
 それでも、これまでの経緯から、何故、労災に認めてほしいと思っているかを話そうと試みた。会社からの“調査結果”も示して、これがいかにいい加減で一方的なウソばかりなのかを説明した。「メモだけ作ってきたけど、この“調査結果”は明らかにおかしいまるで客観性もなく、一方的に私が言っていることを否定しているだけじゃないか。。これじゃ会社ぐるみの名誉毀損、暴力行為だよ」。しかし、浜崎はそのメモをチラッと見ただけで、「まあ、会社に言ってはみるけど…。こういう話はあんまり好きじゃなくてさあ。こういうメモは持っていたくないから、返しとくわ」と、痛みの続く目で懸命にまとめたメモをその場で返してよこしたのだった。そもそも、その前段階の、これまでの経緯と疑問点についてまとめた文書も、「よく読んでないんだけどさぁ…」と言い放った。今思えば、この新委員長の無責任な態度が、その後の結末を表していたんだなぁ。

 浜崎たちと会ってから間もなく、会社から急に「面談をしたいので明日出社せよ」と電話で呼び出しがあった。随分と乱暴な雰囲気だ。ちょっとムッとしたが、“自宅待機中”だから呼ばれれば出て行くのは仕方がない。今日の明日という事だったが、出て行った。



 行ってみればこれまた異様な雰囲気。話の内容はまた私の病状と、治療の経過について、まるで“詰問”のような事情聴取だった。およそ最初から、「職場復帰に際しての面談」「改善すべき点の話し合い」という雰囲気ではなかった。記憶にないようなことまで、「だいたいでいいから!」などと無理矢理に答えさせられ、少しでも記憶が違っていると、「記録と違う」などと突っ込まれた。「いきなりそんな細かいことまで聞かれて、記憶違いをウソ扱いされても困る。ただでさえ、こちらは長年に渡るイジメ、嫌がらせで鬱状態なのである。それを代表取締役までが寄ってたかっていわれのないことで詰問しようとは。いったいどういうつもりでそんな聞き方をしているのか?」と聞き返した。
 すると、取締役の犬山克尚が信じられないことを言い出した。「君の主治医から君のカルテを取り寄せたが、1月と4月の診断書取得時に、君が会社に『出勤したら具合が悪くなった』と言ったいう意味合いの記述があった。しかし君は出社はしていなかったはずだ。つまり君は、症状について虚偽の申告を行い、不正に診断書を取得し、長期休暇を取得、延長していたことになる。これは懲戒ものだ」という。
 いったい何を言われているのか、全く理解不能だった。カルテに「出勤したら具合が悪くなった」と書いてある?何の話だ?そんなこと言った覚えはない。だいたい何でカルテなんて重大な個人情報を、本人の了解もなくお前らが持っているんだ?ただただ呆気にとられ、あまりの詐欺的なもののやり方に絶句してしまった。
 当然、「そんな事を言った覚えはないので、説明のしようがない」と言ったが、そもそもそこにいた犬山、白河、足立はそんなことは聞く気がない様子だった。要するに、私がいよいよ我慢の限界だと言い出したもので、わざわざ何ヶ月も職場復帰を遅らせてまで、こんなくだらないアラ探し作戦を練っていたらしい。取締役までがこんな人とはね。いずれにしても、こちらにとっては全く身に覚えのないことであるから、何もわからないし、答えようもない。本当にカルテにそんなことが書いているのかも不明だ。普通、自分が言ったことが医者に100%理解されているか、カルテを診察の度に確認なんかする人はいないだろう。

 大体、その1月にはすでに、私からは「復帰向けての相談をしたい」と連絡していたはずなのである。それを無視していたのは会社側だ。いつまでもそうして放置されたままだから、私は組合を通して「早く復帰させるように」と話してもらったのである。いきなり話を180度すり替えられて、私は言葉を失った。よくもまあ、こんな難癖を考えついたものである。
 「明日から懲戒委員会を開くので、午後に出社するように」などと、実にふざけたことをしゃあしゃあと言われ、この日は終わった。“懲戒”とは何事だ。懲戒が必要なのはウソを付いて人を陥れてまで責任逃れをしようとする、お前らの方だろう!しかし、浜崎新委員長は、判断力がないのか、最初から経営側とグルなのか、「どうする?おとなしく会社辞めちゃった方がいいんじゃない?」などと言った。何だコイツは?何て無責任な委員長だろう。「何もやましいこともないのに、何でこんな難癖付けられて辞めなければならないのか?」と言い返すと、「じゃあ、弁護士の意見も一応聞いてみるか」と、また宇津木弁護士のところに、翌朝、懲戒委員会前に行くこととなった。



 宇津木弁護士は、「そんな本人の直筆でもない、医者が聞き書きしたもので聞き間違いや勘違いがあったかもしれない、本人が確認のサインをしているわけでもないカルテの一文を根拠に『懲戒する』なんて言ってるの?いくら何でも、そんな乱暴なこと出来ないだろう」「結局、この間も言ったように、会社は何とかして、これまでの会社の対応の不備で唐島さんが具合が悪くなったという主張を認めたくないから、こういうこと言ったら、唐島さんが慌てて『労災認定は結構です』とでも言ってくれるかと思ってんじゃないの?要するに、会社も何とか責任取りたくないもんだから困ってんだよ」と、軽い言い方をした。せっかく朝から話をしに行ったわりには、また大したアドバイスもなく、頼りなく感じた。

 そしてその日の午後、全く人をバカにした“懲戒委員会”が開かれた。“懲戒”などされなければならない謂れはないのだから、この時点で拒否するべきだったのかも知れないが、まだこの時「いくら何でも、こんな無理矢理な作戦で、会社ぐるみで人を貶めるほど信じられない人たちなのか?」という気持ちがあった。話して分かるものなら、説明できることはした方がいいのかと思ってしまったのだ。しかし、それは私の人が良すぎただけだった。私の誠意はかえって逆手に取られた。犬山と白河は、「1月と4月の診断書は不正取得だ。だから、本来なら懲戒解雇だが、自分から辞めるなら会社都合退職にしてやる」ととんでもないことを言い出した。私は「医者にそんなことを言った覚えはないので、懲戒されなければならない謂れもない。従って辞める気なんかない」とキッパリと言ったが、彼らはネチネチと、「書いてあるんだから言ったに違いない」の一点張りだった。私が狼狽して、何かボロでも出すと期待したのだろうか。しかし、何と言われようがやましいことなどないのだから、ボロなど出ようはずもない。
 一方、「そもそもどうして本人すら見たこともないカルテを、会社が勝手に入手しているのか?」「何故本人が見たこともないカルテの、言ったとも認めていない内容を根拠に一方的な憶測をしているのか?」「そもそも自分たちが職務を怠り、職場環境改善の要望を無視し、その上復帰の希望を放置していたことをどう考えているのか?」などとこちらが訊いても、自分たちに都合の悪いことには口を閉ざして何も答えない。どこまで誠意なく、無責任で汚いオッサンたちなのだろう。

 もう1度言うが、1月、4月の休暇延長の時に、こちらから会社に言っていたことは「早く復帰したいので、それについて面談したい」という事だった。それをほったらかしにして、なし崩しに延長させていたのは会社側である。それをすっかり、こちらが休暇を不正取得した、「ズル休みした」なんて話にすり替えてまで責任逃れとは、何ともタチの悪い経営陣である(それにしても半年も頭をひねって考え付いた責任逃れの方法が「ズル休みだったと難癖つけてやれ!」だっていうのだから、この経営陣の程度の低さ悪質が分かろうというものだ)。更に遡れば、休暇に入る時に私は、「休んでいる間に、職場環境改善についても考えて欲しい」と念を押していたはずだ。これからまた頑張って働くための休暇・療養だったはずなのだ。だが結局、会社は面倒なことを言う社員を、その社員ごと抹殺してしまう作戦に出たのである。何年も何年も、総務部長がいじめと認めるほどの嫌がらせに耐えて我慢してきた挙げ句に、「もう我慢も限界だ」と助けを求めたものに対する仕打ちがこれか?
 私から見れば、これでは加害者と裁判官が同一人物みたいなもので、話になるわけがない。しかも、オブザーバーとして同席した浜崎委員長、草壁正也副委員長らは、この人権侵害行為を目の前にしてバカ正直にオブザーバーに徹し、ただ黙って見ている。「もしかしたら、オブザーバーに徹しているんじゃなくて、やっぱりグルなんじゃないのか?」そんなことも頭をよぎった。何しろ、“加害者”に“被害者”がつるし上げられているという信じ難い状態の中で、私はただただ消耗していった。
 そんなバカなやり取りの後、白河は、「自主的に退職しないなら、普通解雇で止めさせて、退職金は払うが、その後不正に休暇を取り、手当てを不正受給した“詐欺行為”として訴えてやる。おとなしく自主退職するなら退職金だけは欠勤分を減額した上で出してやる。先に解雇予告手当を払い込み、10日後に残りを払う。それまでに自主退職かどうか決めろ」という、恐ろしく一方的で暴力的な通告をしてきた。その上、会社に都合のいいように一方的に作った“和解書”にサインしろ、と言う。
 あまりに急な展開ととんでもないすり替え、身勝手極まりない暴論に目まいがした。「そんな話で納得できるわけがない。そんな難癖で裁判にすると言うなら受けて立つ」と言うと、犬山は鼻で笑いながら、「それがどういうことだか分かっているのか?会社は弁護士に金払っていればいいが、お前はこれからの何年も裁判のために棒に振ることになるんだぞ」と言った。おいおい、そりゃ完全に脅迫じゃないか。(しかも、後でさすがにまずかったと思ったのか、犬山は浜崎を使って、私が会話を録音していなかったか探りを入れてきた。こすっからいね、実に)
 その上、この話にならない話のための懲戒委員会を、「また週明けにも開くから来い」と言う。「この和解書の案で気に入らないなら、そちらで案を作って来い」とも言った。とんでもない。こちらは会社に謝罪を求めこそすれ、一方的かつ暴力的な条件で和解させられなければならない覚えはないのだ。

 事ここに及んでも、組合委員長の浜崎は全くやる気なく、「辞めちゃった方がいいよ。退職金出すって言うんだからさ。ウチは今、経営状態良くないからさ、来年から退職金の算定基準も下げるって言い出してるし、今の基準で貰えるならいいじゃん。面倒なことするよりさ。もらうものもらって、辞めちゃった方が得だよ。名誉と正義のためなんかに戦ったって損じゃん」などと、これまたとんでもなく無責任なこと言う。そういう問題じゃないだろう!
 「何でそんな無責任なことを言うんだ?何でこんな暴力を組合執行部が黙って見てるんだ?何も悪いことをしていないのに、何でよりによってウソつきにウソつき呼ばわりされて、会社を追われなきゃならないんだ?労使協定を無視し、職場改善の努力という法的義務も怠り、俺をここまで具合悪くさせたのもそもそも会社だぞ。それなのに何でこっちがこんな目に遭わされるんだ?言いがかりもいいとこじゃないか!それに労災協定では、認定は労使で協議の上決定するとかいてある。その点だけとっても、一方的に否定した上に(しかもその否定の根拠はウソで固めた誹謗中傷文書。もはや会社の名前で行われている犯罪行為である)、不正だなんて断定している会社の態度は問題のはず。何故、組合の立場であなたはそこに何の疑問も呈してさえくれないんだ?何のための組合だよ」。浜崎はあくまで“所詮は他人事”という態度で、「じゃあさぁ、とりあえず医者に行って、ほんとにカルテにどう書いてあるのか見せてもらって来たら?」と言った。言われんでも行くさ。


 翌日、朝一番で医者に行った。「何で休むための診断書をもらっているのに、本当に“本人が出社したと言った”などと書いてあるのか?」「そもそも本人の同意なく、何でカルテなど会社に渡したのか?」ということから、会社がこれまた難癖をつけた治療方法についてなど、確認できることを確認しなければ。
 聞いてみると、やはり会社の言っていることは、病状について勝手な解釈をしているというだけではなく、難癖を付けるのに都合のいいように医師の言うことをわざと曲解、あるいは捏造していることがわかった。カルテについては、「本人が会社に提出してもらうことを了解している」とウソをついて出させたという。つまり、タンコン社は個人の診断書を詐取したわけだ。「会社は先生が、本人に診断書をくれと言われたから、適当な診断書を出したと言っていると言うのですが?」とも尋ねると、「そんなわけはないし、そんなことを会社に言った覚えもない。医師として診断した上で診断書を出しているのだから、休養が必要とした診断書の内容については責任を持っている」と言う。当たり前のことだけど。
 つまり、わざわざ“懲戒委員会”などというもので私をつるし上げながら、その根拠の方こそ虚偽、捏造。揺さぶりを掛けたら私が何かボロでも出すと思ったのだろうか?ただただ呆れるほどの卑怯さだが、私には何もやましいことなど無く、きちんと説明をし、会社の制度に則って申請しているのだから、ボロなど出しようも無い。

 もっとも、このカルテの聞き書きの内容が取り違えていなければ問題もなかったのだ。会社が難癖をつけた最大のポイント、「休暇中に出社したか」という点については、どうも私が、「会社からの連絡を受けるため、目が異常に痛むと言いながらも、週何度かは自宅でパソコンを開かなければならないんです」というような話をしたのを勘違いして、「パソコン=仕事をしている=出勤」と単純に思い込んだらしい。しかも、それを書き取ったのは医者本人ではなく、助手。確かに、「完全に長期休暇を取る」という相談を受けることは、医師としても頻繁にはないことだろうから、違うイメージで捉えてしまったのかも知れない。そんなことがあっても、普通ならその誤解に本人なり、医師なりが気がついた時点で、「違うんですよ」「ああそうなの」と訂正されれば済む話だろうが、職場改善を長年に渡って怠り、労災認定を迫られたタンコン社にとっては、揚げ足を取る「絶好の材料」に見えたんだろう。(後から聞いた話だが、あるアンケートに寄れば「医者とのコミュニケーションに不安を感じている」と答えた人(患者?)は60%にも上るのだそうで、そうした問題に取り組むべく“医療コーディネーター”という職業まであるそうである。しかし、大抵は不安を感じる以上にどうしようもなく、「いったいこの先生、私の辛さが分かってくれているのかしら?」と思いつつも治療を継続しているものなのではないか?)
 医者は、「いずれにせよ、仮にそれくらいの勘違い、聞き間違いがあったとしても、実際に見た上で診断しているのだから、診断結果に大きな影響があったとは思わない。診断書は責任を持って書いている。それが何で『退職しろ』とか言う話に結びつくのか分からない」と、不思議そうな顔をしている。そりゃそうだ。こうして聞きに来ている私だって、全く理解できないのだから。医師にとっても、経営難の会社が、いやだからといって、こんな難癖で従業員を排除しようなどと画策するということは理解し難い、経験のない事例なのだろう。

 いっそ最初から、医者にも「職場環境と業務内容によって目が異常に痛むようになったと思う」というだけではなくて、「会社で十年以上もの長きに渡って、イジメ、嫌がらせを受けてきたストレスが大きな原因だ」と言っておいた方が良かっただろうか。そうしたらもっと、対症療法以外の治療があったのだろうか?イジメ、嫌がらせによる精神的圧迫が原因だと断定してくれただろうか?
 でも中々、そこまでは言えなかったよなぁ。精神が疲れきってしまっている人間にとって、それを他人に打ち明けることは、例え相手が医者でも簡単ではないのだ。もしそれが悪いことなら、「私の会社はこんな人権侵害を十数年も放置し、何度苦情を言っても改善しない会社です」と言わなかった、言えなかったことが罪なら、私が悪いのかも知れない
 しかし、それは最初から話すってことは、タンコン社内での差別や名誉毀損、人権侵害やその他の犯罪的行為を公にすることにつながるのだということを、犬山たちは分かってるのかね?


 週明け早々、宇津木弁護士に電話をした。ところがどうもこの時、宇津木弁護士はご機嫌ナナメだったようだ。
 「医者の話はこういうことで、会社がそれを悪意を持って話をねじ曲げているのは明らかだと思うんですけど、会社はあくまで押しの一手で、『こっちの案が飲めないなら、そっちの和解書の案を持って来い』と言っています。どう対処すべきでしょう?」。弁護士は、「今日はこれから裁判なんで、話をしているヒマがないのよ。大体何でそんなに急ぐの?そんなに向こうの都合に合わせることないでしょッ」「いや、私はそう思うんですが、そう言っても向こうは聞く耳持たずなので、その辺どうするべきなのか、と…」「とにかくッ、今時間ないから『和解書案なんて出せない』って言っといてッ。大体、向こうだって弁護士が絡んでんでしょ?向こうの弁護士はそんなに次々やれるほどヒマなのッ?
 そんなこと私に言われても困る。しかし、少なくとも考える時間を与えずに追い出す作戦であることは分かる。こちらに対処する時間、考える時間、あちこち相談する時間を与えたくないのだ。それでも宇津木弁護士は急いではくれず、この日のうちにはどう対処すべきかも教えてはくれなかった。

 この日の懲戒委員会(やはり、懲戒される謂れがないのに、“事情聴取”でさえなくて“懲戒委員会”という言い方をしてくること自体、人権侵害ではないかと思うが)で、また犬山、白河らを相手に医師に確認したことを説明した。「まず休暇中に出社云々については、私は言った覚えもないし、医師も勘違いかと言っている。またその程度の勘違いで診断結果は揺るがないとも言っている。にも関わらず一方的な憶測で、無理矢理な退職を迫られても応じられない」とはっきり言ったが、犬山らは初めから聞く気がない様子で、あくまで「虚偽の申告で不正に休暇を取得した」という話に捻じ曲げるつもりなのがミエミエだった。挙げ句に「明日も懲戒委員会を開くから来い」と言う。

 「医者に確認してきた話も加えて、説明すべき事は誠意を持ってした。それでも会社は、明らかに最初から納得する気など毛頭ないという態度じゃないか。こんなのおかしいだろう。自分たちが経営陣としてやるべき事をやらないで、人を傷めつけるだけ傷めつけた責任を棚にあげて、『明日も懲戒委員会』って、何を話せって言うんだ?」。浜崎らにそう話したが、相変わらず煮え切らない態度で、組合員の身分と生活を守ろうなんて気はさらさらないようだった。その後で浜崎から来たメールには、これまた信じられない言葉が書いてあった。「会社側に聞いてみたけど、とりあえず明日は辞める意志があるかないかの確認だそうです」。こいつ、本当に組合の委員長か?そんなバカな話の進め方に、何の疑問も感じないのか?会社に難癖つけられたら最後、組合も何もしてくれないというのか?これが“前例”となるんだぞ!


 今度は朝早くから呼び出され、懲戒委員会が始まった。正に一睡も出来ず、精神的にも体力的にもいよいよ限界に迫っていた。何しろ多勢に無勢。組合さえバカみたいに何もしてくれない状況で、1人でつるし上げられているのだ。それも“被害者”が”加害者”に!
 それでも、とにかく悪いことなど何もしていないのだから、私が説明できることは同じことだけだ。
 「医者が私の言ったことをその時どう勘違いしたか、どうして勘違いしたかは分からないが、その場でカルテに何をどう書かれたのかを確認したわけでもないので、責任の取りようもない。しかも、医者は聞き書きに一部勘違いがあったにせよ、診断はきちんと診察の上で行っており、診断結果には責任を持っていると言っている。また昨日、あなた方は私がここまで症状が悪化した一因として、『業務で視力が目に見えて落ちた』と言ったことに対して、『毎年の健康診断で矯正視力はそこそこ見えている。“視力が落ちた”とは矯正視力も出なくなった場合のことを言うのだ』などとあなた方は言ったが、この認識は間違っていることも医師に確認した。あなた方は私の医師が、私の症状を軽視して『神経痛のようなものだと言った』とも言ったが、医師はそんなことは言っていないと言っている。あなた方は結論ありきで、無理矢理に事実を歪曲、曲解、あるいは捏造し、退職を迫っているようにしか思えない」と言ったが、犬山らはやはり自分たちの都合の悪いことには答えもしない。明らかな誤認についてさえ、間違いを認めようとはしない。要するに、「謝れと言われて謝るヤツはいない」の精神で押し通そうというわけだな。
 そればかりか、この日は「もう少し時間をやるから良く考えろ。暫時休憩を入れて、午後から懲戒委員会を再開する。そこで退職届に署名捺印しろ」ときた。

 何故、そんなに急ぐのか?何を考えろというのか?要は急かしに急かして、私を狼狽させて、正常な判断をさせまいとしたんだろう。また、どこかに相談する時間を与えず、一気に丸め込んでしまおうというわけだ。“振り込め詐欺”と同じ手口だね。でも実際、普段は冷静と自負している私でも、中々正常な精神状態を保てなくなってきていた。連日、不規則な時間帯に呼び出されて、謂れのないことで1対多数で責め立てられ、夜も眠れない日々が続いてくれば判断力も鈍る。これはもはや拷問である。しかも、労働組合は、というか、浜崎委員長らはそれでも黙って見ているだけ。どう考えても異常である。
 だいたい、端から話を聞く気などなく、ただ後で裁判にでもなった時に、「ちゃんと事情聴取してから判断しました」なんて言い逃れをするために形式的に懲戒委員会だなどと言っているのがミエミエで、悪意アリアリの相手に対して何を言っても話しになるわけは無い。その集団暴力をただ傍観している組合委員長。理解し難いとしかいいようがない。正に「あり得ない状態」だ。

 この午後までの合間の時間に、「もう話にならないから、正式に組合を通して抗議したい。『病状など個人情報に関わるから』と、前執行部がクローズで話をしてくれていたが、そんなこと言っている段階ではない。これは労働問題を通り越して人権侵害。問題をオープンにするので、労協を開いてきちんと前に立ってくれ。組合大会を開いて、全組合員の前で抗議声明を出したい。法廷に出ることも辞さない。むしろこちらから訴えたい」と言ったが、それでも浜崎委員長は動かなかった。それどろか逆に私の抗議の方を制止し、「おとなしく辞めちゃった方がいいって。いつまでかかるか、いくらかかるか分かんない裁判なんかしてもつまんないよ。正義とか名誉のためにいくらかかるか分からない時間とお金を使うことないじゃん」などと言うばかりだった。「そうじゃなくて、私から会社は苦情を受けたのにその苦情に対して改善の努力をせず、十年もほったらかしにするばかりだったから私はいよいよ心身ともに不調になり、仕方なく会社の労働協約に則って労災申請をしたのに、それにさえ逆切れし、責任を持ちたくないからって問題をすり替え、難癖をつけて問題を私ごと抹殺しようとしてるんじゃないか。それなのに労働組合の委員長であるあなたは、どうしてそんなに問題解決に消極的なんだ?会社のやっていることは、私に対しては人権侵害だし、再三の職場環境改善の要望を無視し続けたということは法的義務も果たしていないわけだし、労働組合との関係では労働協約違反じゃないか!何故抗議しないんだ?
 すると浜崎は、「だって俺、経営と戦うったって組合を引っ張れないもん。そんな力ないからさぁ」と言う。呆れた。要するに面倒なのか?それともやはり…、やはり最初から会社とグルなのか?…ありえない話じゃないな。そもそも、持ち回りの役員である。組合員の誰が委員長になってもおかしくない。会社にベッタリだったり、非組の誰かと懇ろな人間が、「ちょっと困ったことがあるからさ、お前委員長やってよ」なんてことがあってもおかしくないのだ。…そう言えばこの委員長、下島とも割とよく話してたりしなかったか?仮に悪意がなかったとしても、下島の“先に悪口言いふらし戦法”に毒され、洗脳されているのかも
 だからと言って、この態度は委員長としてどうだろう。

 「ちょっと俺、仕事戻るから」。そう言って浜崎が席を外した後、副委員長の草壁と組合室で2人になった。と、草壁が驚くようなことを言い出した。「浜崎さんは、唐島さんを助けなきゃいけないとは思ってないんですよ」。

 「どうして!?」「わかりませんよ。でも、何とかして助けてあげなきゃとは思ってないんですよ」「こんな難癖をつけられて、こんなに困っているのに何でだ?しかも、会社のやり方は労働協約にも反している。俺一人だけの問題ではなく、今後、経営がこういう暴挙をありにしてしまうかどうかという大きな問題なのに、何故それを野放しにしておくんだ」「わかりません。浜崎さんが何を考えているのは。でも少なくとも唐島さんを助けようとは思ってないんですよ」。“頭が真っ白になる”とは、ああいう時のことを言うんだろうな。意識はあるけど、ものを考えることはもはや出来ない状態。夜もほとんど眠れず、犬山たちから立て続けに、しかも不規則に呼び出されてどこかにろくに相談も出来ず、ただでさえ頭の中にもやがかかっているような状態で、そんなことを言われた時の人間の気持ちというものを想像してみてほしい。怒りはあるのだが、その怒りをどう表現して良いのかわからない状態。そこに持ってきてそんなことを言われたのだ。
 それでも、浜崎が委員長である限り、「会社と労働組合」という組織間の話をしてもらうには、この人物を頼るしかないという矛盾!しかもそれを知りながら、自分もまた無責任に傍観しているこの副委員長、草壁の態度。

 午後になって懲戒委員会は再開されたが、「体調を整えて職場復帰することを願って長期休暇を取り、本人はきちんと会社に随時報告もし、会社の対応を持っていたはずなのに、いつのまにかこんな話にされているのはどう考えても納得がいかないので、退職届など出せない」と言うと、「では、また明日懲戒委員会を開くので終業後の時間に出社しろ」という。「だから“懲戒”などされる覚えはない、と言ってもまたそれには無言で答えない。それどころか、犬山は「どう言ったら辞めるんだ!」などと暴言を吐き、あくまで自分の管理者としての無責任さを棚に上げて「目が悪くなって出版の仕事が続けられるわけないだろう!」などとある意味本音であろう言葉まで漏らした(“加害者”が自分のしたことの結果に対してこういう言い草なのだ)。やはり、このタンコン社の経営陣は自分の非を認めたくないだけなのだ。そんな暴言まで飛び出しても浜崎らはボーっと傍観しているまま。何なんだ、いったい?

 その後、あくまで傍観者を決め込んでいる浜崎らに一言言って、翌日午前に1人でまた宇津木弁護士と会うことにして帰宅した。その間中、「何故、10年以上も改善を訴えながら酷い状況で我慢してやってきて、挙げ句にこんな侮辱を受けなければならないのか…」と何度も自問したが、答えなど出るはずもなかった。



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